大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)688号 判決 1979年3月30日
控訴人
国
右代表者法務大臣
古井喜実
右指定代理人
岡崎真喜次
渡辺春雄
被控訴人
中前勝
右訴訟代理人
佐々木哲蔵
外二名
主文
原判決を取消す。
被控訴人の訴を却下する。
訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一、控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、求め、
被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二、当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一である(但し、原判決一一枚目表三行目「全」を「金」、同裏八行目「公訴提記」を「公訴提起」と訂正する。)から、これを引用する。
1 控訴人の主張<省略>
2 被控訴人の主張
(一) 被控訴人の当事者適格について
(1) 昭和四二年の最高裁判決は本件に適用されない。最高裁は昭和四二年(昭和四二年一一月一日、民集二一巻九号二二四九頁)に、生命侵害に対する慰藉料請求権は単純な金銭債権であり、相続の対象となる旨判示し、その後の最高裁判例もこれを踏襲している(昭和四三年五月二八日、裁判集九一巻一二五頁外)。これらの判決はいずれも「生命」の侵害に対する慰藉料について「相続」という法律関係に関連して論じられたものである。
ところで、本件で問題とされるのは「名誉」侵害に対する慰藉料であり、その債権が「破産財団」に属すか否かという問題であつて、前掲判例が本事例に直ちに適用されるものではない。なお、前掲判例は慰藉料請求権を単純な金銭債権としているが、これはあくまで、慰藉料請求権の相続性を導く前提にすぎず、あらゆる一身専属的法益の侵害の慰藉料について、又、全ての法律関係において、この考えを貫くものではない筈である。
前記判決についての評釈にはこの点を明言したものも存在する。すなわち、「反対意見の方には、慰藉料請求権については、精神的苦痛には個人差があるし、それを行使するか否かは被害者自身の意思にまかせるべきである、という実質判断がある。これは考慮に値すると思われるが、反対意見がそれを超えて、多数意見のように解すれば、慰藉料請求権に相続性を認めるほか、譲渡性を認めることになるから不都合であると説いているのは、概念的にすぎる。第一、多数意見は、そこまで明言していない。したがつて多数意見の立場に立つても、慰藉料請求権の相続は認めるが、譲渡性を否定し、また差押の対象となつたり、債権者代位権の目的になつたりすることを認めない、という理論構成の生ずる余地はある。」(五十嵐清「慰藉料請求権は相続の対象となるか」判例タイムズ二二一号六三頁)「筆者は、身体侵害の場合の慰藉料は、形式的には被害者個人の慰藉という形をとるが、実質的にはそれによつて被害者をとりまく近親者をも慰藉する性格・機能を持つ、と理解するわけである。そして後者を重視し押し出すことによつて、慰藉されるべき近親者への相続は認めるが、それにもかかわらず他への譲渡性や、一般債権者の差押や代位権の目的とはなりえないと解することも可能になる、と考えている。その意味で、相続否定説の松田意見が、相続性を認めれば当然に譲渡性や差押および代位権行使も認めねばならなくなると批判するのは、少なくとも筆者の考える趣旨での相続肯定には当たらない、と考える。」(好美清光「慰藉料請求の問題点」法学セミナー一九六八年一号五九頁)
「類型的検討の必要性―さらに松田意見は、相続肯定説を批判するために、父が侮辱を受けて死亡すると子が慰藉料請求権を相続して相続財産が増加し、また、破産者が侮辱を受けると破産管財人は破産者の慰藉料請求権の行使をすべき義務を負うことになるが、この結果は不当だ、と指摘している。本件とは無関係なはずの名誉毀損の例を挙げているのは、筆者にとつては別の意味で興味がある。即ち、本判決のすべての意見―およびわが従来の学説―に対する筆者の不満の一つは、慰藉料請求権を一括して荒つぽい一般論ですませていることである。慰藉料請求権といつてもその発生原因は種々である。たとえば、妻の姦通を理由とする、夫の妻や姦夫に対する怒りや苦悩は、夫かぎりで処置されるべきであつて、夫が慰藉料請求権を放棄したと解される特別の事情が認められないからといつて、苦悩にさいなまれつつ夫が死亡した場合、相続人である子や一般債権者がこの死者の苦悩を裁判所で公けにして、多額の分配を受けるべく喰い物にするのを認めるのはいかがであろう。」(前同好美論文五九頁―六〇頁)
(2) 名誉侵害に対する損害賠償債権は差押禁止債権である。
ア 民事訴訟法六一八条は差押禁止債権を規定しているが、右規定の他にその債権の性質上、差押禁止債権が認められている。
民法四二三条一項但書により代位を許さないもので、その権利を行使するかどうかが当該権利者自身の意思に委ねるほかはない行使上の一身専属権は性質上の差押禁止債権である(三日月章外編、注解強制執行法(2)四二五―六頁)。
ところで、一般に身体・生命・名誉等の非財産的法益に対する損害賠償はその侵害の対象が一身専属的法益であること、及び侵害による精神的苦痛に個人差があること等から損害賠償請求を行使するか否かは被害者個人の意思に委ねられている。例えば、この点について我妻教授は「……被害者自身が慰藉料請求を欲せざるとき、他人が之れを行使しうべきではない」(「慰藉料請求権の相続性」法学志林二九巻一一号四九頁)と明言する。従つて、一身専属的法益侵害を理由とする慰藉料請求権は行使上の一身専属権であるといわなければならない。このことは学説のほぼ一致して認めるところである。即ち、「財産的意義を有する権利であつても、主として人格的利益の為に認められる権利も同様(行使上の一身専属権)である(……人格権の侵害による慰藉料請求権など)。―ちなみに相続の例外となる一身専属権(八九六条)は帰属上の一身専属権であつて、その範囲は同一ではない」(我妻著「民法講義」債権総論二三八一六七頁)。「人格権侵害による慰藉料請求権については、その相続性には問題の余地があるが、すでに具体的に請求されたもののほかは、債権の共同担保とするには適しないもの(として一身専属権)と解すべきである」(於保不二雄著、法律学全集「債権総論(新版)」一六九頁)。「非財産権の侵害による慰藉料請求は近時の最高裁判所判例(注、(1)所掲の判決)によれば、相続の対象となる意味において帰属上の一身専属権でないとされるが、その当否はしばらくおき、少くとも行使上の一身専属権として差押が禁止されるべきであろう。」(三日月章外編、注解強制執行法(2)四二五頁)
ところで、一身専属的法益のうち名誉の侵害に対する損害賠償についてはその行使上の一身専属性は更に強くなる。名誉の侵害は貞操の侵害等と同様にその侵害が存在しても、請求に伴う社会的影響、生活の暴露等の諸般の事情から、被害者が慰藉料請求を欲しない場合が多く、この場合に他人―債権者等―が被害者本人に代位して慰藉料請求をすることを認むべきではないからである。なお、民法七二三条は名誉を侵害された被害者は「損害賠償ニ代ヘ又ハ損害賠償ト共ニ名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分」を求めることができるとしている。右規定が損害賠償に「代ヘ」て名誉回復の処分をすることができると規定しているところからみれば、名誉回復の適当なる処分を名誉侵害に対する慰藉料と同質的な性格を有するものと考えたと理解すべきである。かかる意味においても、名誉侵害による慰藉料請求権は他の慰藉料請求権以上に一身専属的性格の強いものということができる。なおこの他に、民事訴訟法五七〇条一項一号は勲章及び名誉の証票を差押禁止物としている。これは勲章等が名誉そのものではないが、名誉を表彰するものとして扱われることに着眼して差押禁止としたものである。
従つて、名誉侵害に対する損害賠償請求権も名誉そのものではないとしても、これを補うものとして差押禁止に該当するといつても不当なものと考えるべきではない。
イ 名誉侵害の慰藉料請求権を差押禁止にかかるとしても債権者の正当な期待を害することはない。又、債権者に不当な損害を与えることはない。
(ア) 本来、債権者は債務者の経済活動の結果により集積された財産を責任財産と考えるべきものであり、このことを前提として債権者は債務者との債権関係を設定している筈のものである。債務者の一身専属的法益が侵害された場合に生じる慰藉料請求権の発生は極めて偶発的なものであるのみならず、その一身専属的法益の侵害に対するものである点などから、一般の債権者はこれを責任財産として考慮していないのが現状である。加藤教授は前掲判例に関連して相続債権者の観点からこの問題について次のとおり述べている。「慰藉料は、右に述べたように、本人の慰藉を本来の目的とするものであるから、相続債権者は慰藉料請求権の財産的価値をもともと当てにすべきではないと考えられる。慰藉料が生前に現実に支払われたときは、それが債権者に対する責任財産(相続財産)に含まれることになるがそれは財産の一体性のためにたまたまそうなるだけであつて、それ自体望ましいこととはいえないのである。いわんや、債権者が、被害者の請求していない慰藉料請求権を差し押えて、取立命令や転付命令を得たり、それを代位行使したりすることは、不当であるばかりでなく、奇妙というほかはない。これは結局、慰藉料請求権が一身専属性をもつということであり最高裁の多数意見がこれを『単純な金銭債権』としたことは、慰藉料請求権の相続性、ひいてはその財産性を肯定しようとしてその性質を見誤つたものというべきであろう」(加藤一郎「慰藉料請求権の相続性」ジユリスト三九一号四二頁)
右加藤論文に記載されている「債権者が被害者の請求していない慰藉料請求権差し押えて、取立命令や転付命令を得たり、それを代位行使したりすることは不当であるばかりでなく、奇妙というほかはない」との考えは単に加藤教授あるいは(1)所掲判決の松田少数意見のみならず、法律に関与する全ての人間の等しく懐く感情であるといつて過言でない。
(イ) 仮に、一身専属的法益の侵害に対する慰藉料請求権が差押え禁止にならないとしても、少くとも、名誉侵害の慰藉料請求権はその個別性・非定型性の故に差押禁止になる。慰藉料請求のうち、生命や身体の侵害は、近時の交通事故の増大にともない大量に発生し、その責任の存否や損害の範囲は定型化、定額化されるに至つている。従つて、その限度で生命や身体障害に対する慰藉料は「客観化された主観的利益」として具体的な財産権としての側面を有しているということができる。これに対し名誉侵害が問題になる例は我国においては極めて少く、その侵害の有無及び損害の範囲は個別的事例により、区々的に判断されておりその意味において、個別的・非定型的・非定額的である。名誉侵害の慰藉料請求権の財産的性格は希薄である。のみならず、名誉侵害の場合の救済方法としては慰藉料とともに、又は慰藉料に代えて名誉回復の為の適当な方法という非金銭的方法をとることも可能である(民法七二三条)。
ところで、慰藉料だけを、或いはそれとともに、又はそれに代えて名誉回復について適当な処置のみを求めうるかどうかの決定権はいうまでもなく、被害者(債務者)にのみ、専属するものである。そうすると、名誉侵害に対する慰藉料請求権が財産権としての性格を有するとしても、それは被害者(債務者)が慰藉料請求を求めて初めて認められるものにすぎず、被害者が慰藉料に代えて名誉回復に適当な方法を求めた場合には、そもそも慰藉料請求権が発生又は存続しえないのである。又、被害者は当初、慰藉料請求をした後、意思を翻えして慰藉料請求に代えて名誉回復に適当な措置を求める場合も考えうるが、この場合はその時点で、慰藉料請求権は消滅するといわなければならない。このように名誉侵害に対する慰藉料請求権はその発生のみならず、存続までも、被害者(債務者)の意思にかかつているのである。
かような慰藉料請求権を単純な金銭債権と同視することは極めて困難であるといわざるをえない。仮に単純なる金銭債権と同視して差押え可能であるとしても、その慰藉料請求は債務者の意思で存続が直ちに否定されるのであり、あえて差押えを認める実益は乏しいと言わなければならない。債権者において、あえて差押えを求めるのであれば、確定判決等の債務名義が存在するに至つた時点以降でその手続をすればよいのであり、未だその救済形態も定まらず、その存否も不明確な時点の差押えは認められるべきものではない。なお念の為に付言すれば、訴訟の現状からみても、名誉侵害に対する慰藉料を差押えする実益は極めて乏しい即ち、名誉侵害に対する慰藉料請求は既に述べた如くその成否が問題になることが多く、損害の範囲もはつきりしないために、訴訟になれば、長年月の時間と多額の費用を必要としている。従つて、その請求権の成否・範囲も明らかでない時点で差押えをあえて認めたとしても、債権者にとつての実益は決して多くはない。むしろ既に述べた如く確定判決かそれと同視しうる状況が生じたときに差押えを認めれば十分である。
ウ 名誉侵害の慰藉料請求権を差押可能とすれば、破産の関係で以下に述べる通りの極めて不都合な事態が発生する。
(ア) 慰藉料請求権が差押可能とすれば、破産者たる被害者の慰藉料請求権の管理処分権は管財人により行使される。慰藉料請求権を行使するか否かが、被害者によつてではなく、その意思と離れた管財人によつて決定される。この結論が不当なことは既に前記アで述べた通りである。
(イ) 民法七二三条は名誉侵害に対する救済として慰藉料請求の他にこれと共に、又はこれに代えて名誉を回復する適当な処分を求める権利を認めている。ところで、右に述べたうち、後者の権利についてはこの権利が被害者に属し破産財団を構成しないことが明らかである。従つて、名誉侵害の場合、その救済方法としての慰藉料請求権については管財人が管理処分権を有し、名誉回復について適当な方法を求める権利についての管理処分権は被害者に属するという奇妙な結論を招来することになる。
ところで、名誉侵害に対しどちらの救済方法を求めるかは被害者の意思によつて決定されることになるが、もし被害者が慰藉料請求に代えて名誉回復について適当なる処分を求める救済を求めた場合、破産管財人は慰藉料請求権について管理処分権を失うと言わなければならない。又、仮に破産管財人が慰藉料請求をしたとしても、被害者がその後に請求を慰藉料請求に代わる適当な方法にしたいと申出れば、破産管財人としてはこれを拒むことができず、その時点で慰藉料請求の管理処分権を喪失するといわなければならない。
このように管財人の管理処分権が明確でなく被害者たる破産者の意思によつて左右されるという結論は破産制度にとつて決して望ましいものとは思われない。
(ウ) 名誉侵害に対する慰藉料請求権についての管理処分権が管財人に属するとすれば、右請求権が行使される場合は事実上皆無に等しくなる。既にイの(イ)で述べた如く名誉侵害の慰藉料請求権はその成否が不明確であり、又、その損害の範囲は不明確である。従つて、現実に右請求権が現実的な金銭債権となるには長期間の時間と多大の費用を必要とし、更には請求が認められないという危険性さえ存続する。従つて、管財人としても、名侵害の事実があつても、これを行使する実益に乏しいとして、或いは危険回避の為に右請求権を事実上行使しないようになる事態が十二分に考えられる。この場合、被害者は自ら慰藉料請求権を行使したくとも、管理処分権がないため、行使できず、管財人もこれを行使しない為、被害者は結局、名誉侵害に対する慰藉料請求ができなくなるに帰する。このような結論は極めて不当なことはいうまでもない。
(エ) (1)所掲判決につき松田裁判官は事業に失敗した破産者が他人から侮辱された場合、右慰藉料請求権は破産財団に属し、管財人は破産者が請求の意思表示をしない場合でもそれを行使しなければならず、それを怠れば、破産法一六四条により損害賠償の責を免れないということになり、右に関しては訴訟が提起される限り、裁判所としてはこれを認めざるをえない不都合な結果を招来すると指摘する。これ又、慰藉料請求権を差押禁止としないことにより生じる不都合な結論である。
(3) 仮に名誉侵害の慰藉料請求権が差押禁止債権でないとしても、右請求権はその性質上、破産財団に属しない。又、仮に右請求権が破産財団に属するとしても、その管理処分権は管財人に属しない。これらの理由は既に(1)で詐述した理由と同様である。<以下、事実省略>
理由
被控訴人が昭和四六年七月二八日午前一〇時破産宣告を受けたことは、<証拠>により明らかであり、右宣告後被控訴人が本件慰藉料請求をしていることは本件記録上明らかである。
慰藉料請求権は、ある者が他人の故意過失により財産以外の損害を被つた場合、損害発生と同時にこれを取得するものであつて、被害法益がその者の一身に専属するもの(非財産的法益)であるけれども、これを侵害したことによる慰藉料請求権(財産的法益の侵害によつても精神的損害の発生はあり得る。)は、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権である(金銭賠償原則((民法四一七条))。被控訴人の引用する最高裁昭和四二年一一月一日判決)。このことは、侵害された法益が被害者の名誉である場合にも差異はない。もつとも、侵害された法益が被害者の一身に専属するものであるから、慰藉料請求権を行使するか否かは、被害者の意思にまかされるのを原則とし、被害者の明示した意思に反して行使されるべきものではないが、被害者がこれを放棄等しないで行使する意思を明らかにした以上は、その意思を離れて一個の金銭債権(訴訟法上、精神的損害の算定が訴訟にあらわれた諸般の事情を参酌して裁判官が自由に決定しうることは、その金銭債権としての金額性と矛盾するものではない。)としての客観的存在となるものということができる。
したがつて、破産者が破産宣告前に被つた不法行為による慰藉料請求権は、すくなくとも破産者がその行使の意思を明示した場合にあつては、破産債権であつて、破産管財人がその管理処分権を有するものと解せられる。
被控訴人は、種々の点を挙げて右判断を争い、まず、慰藉料請求権は差押禁止財産であると主張するけれども、民訴法五七〇条一項、六一八条一項に列挙された財産と対比した場合、これら財産のように差押を許さないものとすべき理由は見出されない。民訴法五七〇条一項八号は勲章及び名誉の証票を差押禁止の対象と定めており、これらは債務者(破産者)の意に反して換価すべき限りではないが、名誉侵害につき被害者が金銭賠償を求める意思を明らかにした場合に、かかる金銭債権を勲章等と同視すべき理由はない。よつて、右主張は採用しない。
次に、被控訴人は、名誉侵害による慰藉料請求権が個別・非定型・非定額性の故に財産的性格が希薄であり、破産財団から除外しても債権者の正当な期待を害し、不当の損害を与えることがなく、かつ、訴訟の現状からみて、その追行に長期間と多大の費用を要し、破産管財人に訴訟追行させるのは不当であると主張し、なるほど、無形の損害は、有形の損害と比較して被控訴人主張のような点がないではないけれども、破産者に留保しておかなければならない必要性ないし法律上の理由がないので、破産債権に属するものとして、破産管財人に訴訟追行権を認めるべき点に差異はない(破産管財人としては、事宜により、破産者のため権利放棄をする途がないわけではない。もとより慰藉料請求権が確定判決後はじめて破産財団に属するとの解釈は不可能である。)。
さらに、被控訴人は、民法七二三条にいう原状回復処分との対比から、慰藉料請求権が破産債権に属しないと主張するが、名誉侵害についても、被害者の求むべき原則的救済方法は金銭賠償の請求であつて(民法四一七条)、原状回復処分の途が存する故をもつて、慰藉料請求権の性質に変化が生ずるものと解するのは相当でない。また、被害者が民法七二三条により名誉回復に適当な処分を求めたとすれば、その権利の行使帰属は被害者に専属するものと解されるが、そのことは、名誉侵害による慰藉料請求権が被害者に専属すると解する事由となり得ない(通常の場合は、被害者は、損害賠償を請求した後においても、訴訟法上の制約を受けない限り、これに代えて原状回復処分を求めることができるけれども、破産者にあつて損害賠償請求の意思を明示し、破産管財人がこれを請求した後において、破産者が併せて原状回復処分を訴求するのは格別、右損害賠償の請求を前示処分の請求に代えることを許さなければならないものと解する必要はない。)。よつて、右主張も採用しない。
また、被控訴人は破産者が破産宣告後に慰藉料請求権を行使した場合は、右請求権は破産財団に属しないと主張するが、さきに述べたとおり右請求権は行使をまつまでもなく、損害発生時から存在するものであるから、破産法一五条の破産債権とみることを妨げない(破産法六条二項、三項但書末文参照)。
以上のとおりであるから、本件慰藉料請求権は、破産財団に属し、その訴訟追行権は破産管財人に属するものといわなければならない。
<証拠>によれば、被控訴人に対する破産事件につき昭和四九年一一月二八日破産終結決定(同日確定)がなされたことが認められるが、破産終結決定後にあつても、相当の財産があれば、破産管財人において追加配当を行うべきことは破産法二八三条一項の定めるところであつて、右決定は、破産者が破産債権につき訴訟追行権を回復する理由とならない。
してみると、被控訴人は、本件慰藉料請求につき当事者として訴訟を追行する適格を有しないから、被控訴人の本件訴は不適法として却下すべきである。よつて、これと異なる原判決は、これを取消して本件訴を却下することとし(原判決の請求棄却部分については不服申立がないから、職権をもつて)、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条にしたがい、主文のとおり判決する。
(山内敏彦 田坂友男 高山晨)